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水硬性石灰からNHLへ


目次

初期の水硬性石灰
OPUS SIGNINUM
OPUS CAEMENTICIUM
水硬性石灰の近代化
水硬性石灰の衰退

初期の水硬性石灰
水硬性石灰が用いられる以前、土蔵や日干し煉瓦など粘土を用いた材料や、石材の目地などとして石膏が主に使われてきました。しかし粘土や石膏は水に溶けやすいことや強度が弱いといった欠点から、古代ギリシャ時代頃より消石灰が一般的に使われるようになりました。


紀元前400年頃、ヘレニズム時代のギリシャやエジプトでは、建築物の耐久性、特に水に対する耐性を高めるため、消石灰に粘土などのポゾランを混合することで、水で固まる石灰すなわち水硬性石灰を利用するようになりました。


世界最古とされているVitruviusによる建築書「De Architectura」は、ルネッサンス時代に至るまで水硬性石灰製法の手引書とされてきました。この中で、Vitruviusは次の2つの構法を基準に水硬性石灰を分類しています。
・OPUS SIGNINUM
・OPUS CAEMENTICIUM

OPUS SIGNINUM
ヘレニズム時代の建築物ではギリシャを中心に、各地でレンガや陶器の破片が混合された石灰モルタルが見つかっています。Vitruviusはその建築書に、このようなモルタルの利用方法をOPUS SIGNINUMとして明記しており、レンガや陶器の破片をTestaと総称しています。


SIGNINUMの語源はローマの南東40kmほどに位置する町Signiaから来ており、ここで生産される良質のレンガ瓦の破片Testaが安定した水硬性を与えることからその由来となりました。


VitruviusはTestaを砂とともに骨材としてモルタルに加える方法を示し、その配合を体積で石灰1に対し川砂あるいは海砂2、Testaを1と指定しています。


VitruviusはSIGNINUMをモルタル、床材料、耐水性の材料として説明しています。床材としては、そのまま床面に左官する方法に加え、後に水周りの一般的な床仕上げ方法となる敷石やモザイクタイルの下地や目地として利用するようになります。この方法は日本におけるたたきのような利用とよく似ています。また、耐水性の材料としては、特に湿度の高い場所で壁面を防護する左官材としての使用が推奨されており、仕上げ材として用いられた例が今でも残っています。

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OPUS CAEMENTICIUM
ギリシャ文化とは違い、戦闘国家であったローマ帝国は技術面でOPUS SIGNINUMに不満を感じました。スパンが長大化なアーチや強度の増した城壁を築くには、より強度が高くよりすばやく硬化するモルタルが必要となります。


改良を重ねた結果、ローマ人はレンガの破片の代わりに火山性の粘土を混合することで、新たな水硬性石灰を見出しました。

この火山性の粘土は紀元前2世紀頃から利用されていたと推定されており、ナポリ地方で産出され、採石場がPozzuoliの近場にあったためPozzolanaと呼ばれるようになりました。現在用いられているポゾランの語源もここから来ており、石灰に水硬性を与える物質の総称となっています。


ローマ人はギリシャ文化より取り入れた技術を発展させ、ポゾランと石灰を混合したモルタルを仮枠の中に充填する構法であるOPUS CAEMENTICIUMを一般的に用いるようになります。


CAEMENTICIUMは「小さな切石の」という意味で、右図に示すように壁の両面にあらかじめ石やレンガで薄い壁を造り、これを永久的な型枠としてモルタルを詰め込んで壁面を構成します。石積みは表面の装飾効果を担っていますが、高級な建物ではその表面に石灰などによるスタッコ塗りで仕上げられました。

ポゾランである火山性の粘土について、Vitruviusは混合比率として体積で、石灰1に対しポゾラン2とするよう指定しています。


このCAEMENTICIUMによるモルタルは、セメントの語源となり、後にローマンセメントとして命名されることになります。


ローマンセメントはその性能ゆえに写真に示すような長大なアーチなど、ローマ時代の様々な歴史的建造物を残す材料となります。


そして中世あるいはルネッサンス時代に入ってもVitruviusの建築書はローマンセメントの配合の手本となり続けるのです。

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水硬性石灰の近代化
18世紀に入ると、ルネッサンス時代における焼成炉の技術発展に伴い、製造される消石灰は石灰岩の性質に影響されることが徐々に認識されるようになります。


1756年、技術者であるSmeatonはPlymouthにあるEddyston灯台の設計に伴い、海水に耐え得る石灰の調査から、Aberthanの石灰が良好な結果を与えることを発見しました。このことから彼は、石灰岩に含まれる粘土が水硬性に寄与する基本的な物質であることを述べています。


これをきっかけに、Vitruviusのローマンセメントの製法を元にするなどして、様々な研究者が水硬性の秘密を探り始めます。1796年のParkerによるローマンセメントの特許取得はよく知られています。


19世紀になると石灰の水硬性は技術的にも科学的にも大きく解明されることになります。1825年から1860年にかけてVicatは水硬性石灰の性質に関する複数の論文を発表し、その中で水硬性石灰は焼成前に石灰岩とともに含まれる石英、酸化鉄やアルミナが反応することによることを解明しました。


この頃には焼成前に粘土質を含む石灰が水硬性の性質を与えることが一般的に認識されるようになり、コストの削減やより速い硬化速度が求められるようになります。


この焼成前に粘土質が含まれる石灰はNatural Hydraulic Lime(天然水硬性石灰NHL)の名称で各地に広まり、これまでのローマンセメントの利用に取って代わります。天然水硬性石灰は19世紀半ばにはヨーロッパ各地で大量生産されるようになり、安定した性能の材料として提供されるようになります。


一方で水硬性のメカニズム解明はついにポルトランドセメントの発明につながることとなります。

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水硬性石灰の衰退
1824年のAspdinによるポルトランドセメントの発明により、水硬性石灰の生産は徐々に衰退していきます。


建物の近代化・合理化の波で水硬性の度合いは極限までに高められ、強度・硬化速度が飛躍的に伸びることとなります。セメント生産により焼成炉は巨大化し、1850年頃の鉄筋コンクリートの発明とともに小規模な炉は徐々に姿を消し始めます。


現在、ヨーロッパで生産される水硬性石灰は少なくなっています。水硬性石灰のみを生産している企業は数えるほどであり、大規模なセメントや消石灰の生産企業が外装材として補助的に生産しているのみです。


水硬性石灰の生産工程が様々であるとは言え、5000年以上というその歴史の長さは、180年余りのセメント利用の歴史と比較にならないほど長いことが分かります。

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